漫画レビュー~遠藤ってば!~

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□ 企画・考察 □

90年代後半~の漫画の呼称を考える

※記事内、敬称略です

※考え付くことをふらふら綴りながら雑記として提起しているので、深い研究資料に基づいた説得力のある記事を求めている人はご注意下さいませ

※読まれた方がなるほどと思ったり表面だけ掬い取って話してるなぁーなどなど突っ込みながら同じように今回タイトルにもあてた呼称というものについて考えを巡らすきっかけになればそれこそ狙いだったりします。突っ込んで終わりであればその人にとって私の記事の意義はないかも知れず、申し訳ありません。漫画そのものに関係のない外堀の話を考えてみる良い機会になれば幸いです


記事の趣旨
いつもお世話になっております、遠藤です。
皆さんはここ最近10年~20年で世に出現した漫画作品を総じて○○漫画というように位置付けようとしたことはありませんか?
今回の企画・考察レビューは、最近の漫画の呼称(というより当サイトでの呼び名)をここ10年~20年の漫画の歴史を顧みつつ確立してみようという話になります。
とはいえ一括りに出来る問題ではないとも思っているので呼称というのもニュアンス的にはずれるんですが。
記事の趣旨としては自分が行っているレビュー対象の作品の名称を考えることで、サイトで扱っている作品の方向性をより明確にしたいというサイト概要にも触れる話をこの機会に考えてみようと思い立ったのが始まりです。
マンガ論的なものになってしまうかも知れませんけど、かなり雑記です。
ポッと出で思いついたのは

・ヲタク漫画
・萌え漫画
・平成漫画
・メディア漫画
・Manga
・現代漫画
・大衆漫画
・娯楽漫画

などですが、どれも総じて当てはまるかと言われると……。
現代漫画なんて一見それっぽいですが現代という定義は時代とともに流れますしね。
かろうじて今回話すうえではメディア漫画というのが近いのですが、これだ!って呼称でもないんですよね(*´ρ`*)
私の中での旧作と呼ばれる作品のイメージは20年以上前の作品を思い返すのですが、この辺りの感覚って何なのかな、と。
最近10年20年(感覚的にはドラゴンボール連載開始から絶頂期を境目に世に出てきた漫画)で目にしてきた作品とそれ以前の作品では漫画として別物という感覚が付き纏っているんです。
もちろん時代も変わって漫画家の絵柄が現代に即した画風になっているだけで、昔の頃と今の作品とで本質がそう変わっているわけではないかも知れません。
ただ新旧をひっくるめた呼称とするにはしっくり来ませんし、古い漫画・最近の漫画と呼び続けるのもセンスが悪いです。
漫画全般の呼称という面では、通説になりますが戦後に手塚治虫が発表した作品を「ストーリー漫画」とし、日本の漫画の呼称としているようです。
それ以降の漫画ではストーリーありきでの作品が広がっていますしそれは今も変わりません。
画期的な呼称がなくとも最近ではそれこそ萌え漫画だとか色々呼称が出てきていますし、位置付けるのは非常に難しいかも知れませんが、最近の漫画を一括りにした呼称でしっくりくるものが提示できればなかなか面白いエントリーというか記事になるんじゃないかなぁと思ってイントロダクションは終了です。
以降はまとめたものを文章に整理するというよりは考えながらその都度提示していくようになるので最後にどういった呼称の結論に達するのか見守っていただけると幸いです。ある社会現象になったターニングポイント毎にみていくことになりますが、本来ならばもっと細分化した着目点から考えねば本当の意味でしっくりくる呼称は考えられないだろう……そうも思うテーマであることも否めません。表面上の大きな繋がりを提示することでこのテーマについて色々と考えを巡らすきっかけになるような、それこそ雑記として5時間程度頭を巡らせただけで書いている内容なので、イントロダクションな記事になっていれば幸いです。



ドラゴンボールからみる新旧作品の違い
さて、呼称を決める上では新旧の作品でどういった違いや変化があるのか見ていかなければなりません。
それが呼称を決める上での手掛かりになるように思います。
まずターニングポイントになっているのは間違いなくドラゴンボールの連載が与えた漫画に対する世間の盛り上がりではないかと思っています。
無論、この契機の前後にも漫画ブームを押し上げる出来事はあったように思いますが、バトル漫画になってからのドラゴンボールが与えた社会現象は、漫画がより身近になったことを感じるとともにこれ以前と以降で新旧の感覚を根付かせる要因になっているように感じました。
考えてみると今でこそ趣味は?と聞かれて読書(ぶっちゃけた言い方をすると漫画)と答える人がいても何らおかしくないように思いますが、これが一昔前ではどうでしたでしょうか?
一昔前に漫画!('-'*)エヘなんて答えたら結構さぶい目で見られたような気がします。
社会的な認知の違いだと思いますが、ドラゴンボールが為し得た漫画の印象の変革は旧作と最近の漫画の違いを提示する上では大きい要素なのかなと思います。
漫画の魅力や今日(こんにち)のストーリー漫画の基礎を築いた手塚治虫を見習う漫画家は多いと思います。それこそ新旧漫画家を問わずに。そのような旨の発言をされている漫画家も数多くいらっしゃいます。
しかし、最近10年~20年で漫画家になられた多くはドラゴンボール連載前後、強いてはドラゴンボールが絶頂期を迎える90年代以降の作品に感化され漫画家になったということがないでしょうか?
具体的にどの漫画家が発言しているなどは調べると大変なので割愛させていただきますが、漫画というものがより身近になって、漫画家になるための専門学校なども造られる時代の流れの中で漫画家を目指すようになった今の漫画家は多いように感じてます。
ともすれば漫画に対する世間の意識の違いが旧作と最近の作品を分けるボーダーにもなっているかもしれないことが言えるのかも知れません。
やはり80年代以前の作品の空気と90年代以降の作品の空気ではこういう所からも違うということはあるんじゃないかなと。
安直な発想になるかもしれませんが、歌の求める推移が演歌やフォークなどからJ-POPに移っていったように、漫画もまた同じように変革していったはずなのだ、と。
歌の世界ではJ-POPというような確立した表現が構築されていますが、これを漫画で当てはめたい。
ただ、「大衆漫画」とか「娯楽漫画」とか「平成漫画」(時期的に)という風にも言えるのかも知れませんが、それではやや頭がスッカラカンな印象を抱いてしまうので納得いきません。ちょっと軽いですよね。
強いて挙げるならば「POP漫画」でしょうか。でもこれだとJ-POPの受け売りみたい。。



新世紀エヴァンゲリオンからみる新旧作品の違い
では次のターニングポイントをみていきたいと思います。
ドラゴンボールを含めた漫画ブームの後押しの次に社会現象を起こした存在として新世紀エヴァンゲリオンを思い起こしました。
実はこの社会現象は漫画ではなくアニメの分野において起こったものなのですが、最近ではメディアミックス前提(厳密には据えて)の漫画も市場を席巻しているようにも思うので、全く関係ないとも言えないように思います。
エヴァ自体が完全オリジナルな発想で社会現象を起こしたのかといわれるとそうでもないわけですが、先人の作品を参考に新たな表現技法の試みとストーリーの複雑化とで提示した末の社会現象は漫画界に与えた影響も大きかったように思います。
ここで一番私が感じたことはストーリーの複雑化という点です。
これまた一概には言えない問題ですが、90年代以降の作品では萌え漫画のような視覚的イメージが先行されての呼称が出来上がる中、ストーリーの発想の広がりや複雑化が90年代以前の作品と比べると顕著に作風として増えたようにも感じます。
昔の作品はテーマ自体も奇抜なものは少なく、一本調子(悪い意味で言っているのではありません)の中で魅力を提示している作品が多いようなという気兼ねです。
といっている私自身がそんなに旧作を読んだことがあるのかといわれるとないので、強い断定の仕方も出来ないんですが(;´▽`A``
この辺りを考えると「メディア漫画」とか「Manga」(日本の最近の漫画の世界的な広がりを受け)と呼称してもおかしくはないのかも知れません。
ストーリーの複雑化という点でいえばストーリーテラーな漫画家が増えているということで「ストーリーテラー漫画」……文章が長すぎてしっくりきません/(´o`)\
ただ自分が形容しようとしているものには近付いてきました。
この中で注視点とするならば、ストーリーの発想が多岐に渡るようになったというのは一見喜ばしいようにも思いますが、作品のドラマとしての深みがどうであるかも考えるとまた違ってくるように感じています。
旧作はドラマに深みがあるものが多いというか、胸に響く作品が多いというのが私の体感で得た印象です。絵柄は古くさいものが多いですがテーマを提示するポテンシャルは非常に高い作品が多いと思います。
逆に最近の漫画は中身が薄い作品も氾濫しているように思います。設定だけ奇抜で肝心のドラマ部分の魅力が薄いような作品ですね。
それだけが比喩されたわけではないと思いますが、絵柄だけで推す萌え漫画だとかネガティブな見解前提でのオタク漫画などといわれるようにもなっているように思います。
一見すると呼称として良い感じだと思っていたこれらも皮肉混じりに使われるようなことがあるのでは呼称として確立することは出来ません。



文化庁メディア芸術祭から見つめる新旧作品の展望
次のターニングポイントをみていきましょう。
ドラゴンボール・新世紀エヴァンゲリオンと社会現象が起きる中で漫画文化はより世間一般的なものとなっていきます。
その流れを受けて97年に文化庁メディア芸術祭というものが開催され始めることになります。
その中で文化庁メディア芸術祭マンガ部門というものが出来たんですね。
いわゆる選出して漫画賞をあげちゃいます的なことなのですが、よく見てください、文化庁です。
日本の行政官庁の一つというわけで、昔(かなり昔の話です)は俗なものとされていた漫画が文部科学省の外局である文化庁の中で取り上げられるという領域にまで浸透していったんです。
文部科学省がどんな所かというと、

日本の行政機関の一つ。教育の振興および生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成、学術、スポーツおよび文化の振興並びに科学技術の総合的な振興を図るとともに、宗教に関する行政事務を適切に行うことを任務とする(文部科学省設置法3条)。                                 -Wikipedia参照-



ですので、漫画=芸術文化と位置しても誤りではないレベルに漫画文化が根付いたということがここから察することができます。
この辺りの漫画に対する芸術領域に踏み込むことに関しての否定的な意見というのは数多くあると思います。全てが全て教養に良いと呼ぶことが出来る漫画ばかりでもないのですから。今回の記事には逸れるため言及などはしませんので、この辺りの論争に各自興味が沸いた人は調べてみると面白いかも知れません。
少し話が逸れてしまいましたが、この文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞の選出がされた作品は当たり前ながら硬派な作品が多いです。
しかし優秀賞の数点まで目を配らせると、まさに最近の漫画そのものの構図が見えてきたりします。
そして97年から10年の節目を迎える文化庁メディア芸術祭は06年に日本のメディア芸術100選という企画を打ち出しました。
「アート部門」「エンターテインメント部門」「アニメーション部門」「マンガ部門」の4部門に分けてそれぞれ25作品で計100選。
マンガ部門はどのような作品が選出されたのでしょうか?挙げてみます。

AKIRA (大友克洋)
あずまんが大王(あずまきよひこ)
うしおととら (藤田和日郎)
おおきく振りかぶって(ひぐちアサ)
風の谷のナウシカ (宮崎駿)
寄生獣 (岩明均)
ジョジョの奇妙な冒険 (荒木飛呂彦)
スラムダンク (井上雄彦)
DEATH NOTE(小畑健・画 / 大場つぐみ・原作)
動物のお医者さん (佐々木倫子)
ドラえもん (藤子不二雄(藤子・F・不二雄))
ドラゴンボール (鳥山明)
のだめカンタービレ(二ノ宮知子)
鋼の錬金術師 (荒川弘)
HUNTER×HUNTER (冨樫義博)
火の鳥 (手塚治虫)
ブラック・ジャック (手塚治虫)
HELLSING(平野耕太)
ベルセルク(三浦建太郎)
北斗の拳 (原哲夫・画 / 武論尊・原作)
蟲師 (漆原友紀)
MONSTER (浦沢直樹)
幽☆遊☆白書 (冨樫義博)
よつばと! (あずまきよひこ)
ONE PIECE (尾田栄一郎)



この選出からはここ10年~20年ほどで世に出た漫画の多くを垣間見ることができます。どれも傑作ですし、私自身ここで挙げられている作品の9割は目を通したことがありました。
一般&専門家を交えてのアンケート形式での選出なのでこれまた一概には言えませんが、手塚治虫の不朽の名作(個人的にはブッダも欲しかった)が挙げられる中で大勢を占める最近の漫画達。
こどもの読み物から日本を象徴する文化に育てた手塚治虫の功績を盤石とするものとして近年の漫画家達の上記で挙げられた傑作は光を放っているように思います。



総括
ともすれば、文化として確立を推し進めている最近の漫画達を呼称するならば、今回の記事の結論が見えてきそうです。
大枠でみたら「文化漫画」とか「カルチャー漫画」とも言えるかも知れませんが、これではしっくりきません。
「大衆文化漫画」というのは限りなく近いんですが、「POP漫画」を言い換えただけやん的な想いもあり。
これに近い言葉が何かないかなぁと考えを巡らしていたのですが、より洗練されてきた漫画という意味で考えるとモダンって言葉が使えないかな、と。

モダン:今風、現代風、現代的、流行etc…

ただそれを言ってしまうと手塚治虫が打ち出したストーリー漫画への提示がモダン漫画という印象を強く抱いてしまいます。
これにストーリーが複雑化してきたという言葉を掛け合わしたかったのですが良い言葉が浮かばなかったので、複雑という観点からは離れてしまいますがポストモダンという言葉はどうかなと思いました。

ポストモダン:「モダン(近代)の次」という意味で、近代の行詰りを克服しようとする動きのこと

だそうで、別にモダンを打ち壊せっていうニュアンスを当てはめたいわけではないのですが、複雑化するストーリー漫画としてのアイデアの妙が主流となる最近の漫画においては、少なからず古き良き漫画の先にある漫画の可能性とかを追い求めている漫画家が多いんじゃないのかな、と。
ここから導かれる結論としては、

「ポストモダン漫画」

これだっ!
そう思った私はこの言葉で検索をかけてみたのですが、どうやら言葉自体はぽつぽつ使われているようでした。
ただ、最近の漫画の呼称として使われているというよりは体系的なマンガ論の中で使われていることが多いようで、難しいことがわからない私にはその時点で思考停止。
造語で打ち出してしまうと自分以外が使わなかったらただのお馬鹿ちゃんにもなり得てしまうので、元々概念としてあった言葉を掛け合わすという妥協も見え隠れしておりますが、当サイトでは最近の漫画は「ポストモダン漫画」という呼称で呼ぶことにいたします。
萌えだけに追求した前衛的な作品群やサブカルチャーをふんだんに取り入れた希有な作品群もモダンを打ち壊すポストモダン漫画、奇抜な物語の発想などでストーリー漫画の妙を引き立てる作品群もポストモダン漫画……、何となく当てはめた時にそれとなくしっくりくるので自分自身まだ納得はしていませんがこれでよしとします。
というのもモダンとかポストモダンって言葉自体も50年100年と時代が移り変われば古い概念になってたりすると思うので。そうした場合に対応し切れないんじゃという気兼ねがあります。
そんな時でもあの時代の漫画は○○漫画だったというように言い切れる特長的な名称が本当はいいんでしょう。
そうするとストーリーの発想が複雑化したこととメディアミックスが盛んに行われるようになり始めたことを掛け合わせた言葉が長い目でみればベストなのかも知れません。
でも長々しくなると格好がつかないですし呼称として考えると難しいもんですね。
これだけでは納得がいかないと感じた人も多いと思うので、最後に遠い先でも使えそうなネーミングを考えてみたいと思います。
ようするにはストーリー漫画として育んできた戦後の作品群が近年では様々な発想や展開からより複雑的な設定のストーリー漫画で賑わっている、そういうことを表すことが出来れば私の主張としてはいいわけで。
何でもかんでも英訳の言葉をカタカナにして呼ぶというのもどうなんだろうwとも思いますが、

「バ(ヴァ)リアス・ストーリー漫画」

とかでしょうか。

various:それぞれ異なる、変化に富んだ、多方面の、多くの異なる特質をもつ

ただ問題点としては、英訳をカタカナにするのなら類似語でこれより適切な言葉があるかも知れませんし、そもそもストーリー漫画の次の呼称を考えているのに元の言葉を発展させる名称はどうなんだ?など等あるかなとも思います。
むしろネーミング的にださいw
イメージとしては改・ストーリー漫画みたいなノリですね。
自分で言っていてぶっ飛びすぎていて笑ってしまいました。
しかしここまであーだこーだ呼称を提示してきてふと思ったことですが、やはり造語として作った言葉でないと本当の意味でしっくりくる呼称は思いつかないのかもなぁと感じました。
ポストモダン漫画なんてその最たるものじゃないかとも思いますし。今の時代ならこの呼称でもありかも知れませんが。
私の発想が安易過ぎて死ねる。

そんなこんなで、この機会に皆さんも一緒に考えてみませんか!?
という落とし所で今回の雑記は締めさせていただきたいと思います。
もししっくりくるものがあればサイトトップのサイドバーにありますメールフォームからご一報いただけますと幸いです。
当初の趣旨も織り交ぜるならば、当サイトは近年のモダンポスト漫画に的を絞って作品の新規開拓を推し進める漫画レビューサイト、ということになりそうです。


……カタカナばっかで意味がわからんわ( ´・ω・)




おしまい


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Date:2009/04/24
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